や、約束だからね
「ねえ、次に俺が勝ったらさ」
キャラクターセレクト画面で、僕はコントローラーを握りしめながらニヤリと笑った。
「例のあれ、着てくれない?」
ソファーの隣でポテトチップスをつまんでいた彼女の手が止まる。「例のあれ」とは、先日ネット通販のセールでノリで買ってしまったものの、あまりの布面積の少なさに「無理っしょこんなの」とタンスの肥やしにしていたビキニのことだ。
「はあ? 無理に決まってるじゃん。恥ずかしいし」
「だから勝負だよ。僕が負けたら、欲しがってた高い美顔器、僕が買う。でも俺が勝ったら、あの水着を着て僕の前に立つ。どう?」
彼女は眉をひそめたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
マリオカートに関しては、絶対の自信があった。
「……乗った。その代わり、泣き言なしよ?」
「望むところだ」
コースは「レインボーロード」。運だけでは勝てない、実力が試される難関コースだ。
カウントダウンが始まる。
3、2、1……スタート!
ロケットスタートを決めたのは彼女の方だった。彼女の操る重量級のロゼッタが、僕のヨッシーを弾き飛ばしてトップに躍り出る。
「甘いね!」
「くそっ、まだ1周目だろ!」
1周目、2周目と美咲が首位をキープする。ドリフトのライン取りも完璧だ。僕はアイテム運にも見放され、赤甲羅を当てられ、バナナに滑り、散々な目に遭っていた。
(よし、勝てる。美顔器ゲット!)
彼女が勝利を確信した、ファイナルラップ。
アイテムボックスを通過した拓也が叫んだ。
「来たあああ!!」
彼が引いたのは、逆転の切り札「ミラクル8」。スターにキノコ、赤甲羅が一気に周囲を回転する。
僕のヨッシーが猛スピードで加速した。スター状態で無敵になり、ショートカットを強引に突っ切る。
「ちょ、ちょっと待って!?」
ロゼッタの背後に、恐ろしい速度でヨッシーが迫る。
最終コーナー。彼女はインコースを死守しようとドリフトをかけるが、僕はさらに鋭い角度で内側にねじ込んできた。
「させねえええ!」
「きゃあああ!」
二台のカートが火花を散らしながら並走する。ゴールラインは目前。
彼女は最後のキノコを使ったが、僕はスリップストリームを利用してさらに加速していた。
ファン、と軽い音がして、画面に「FINISH」の文字が躍る。
1位:ヨッシー
2位:ロゼッタ
その差、わずか0.05秒。
「よっしゃあああ!! 勝った! マジで勝った!!」
僕はコントローラーを放り投げてガッツポーズをする。彼女は呆然と画面を見つめたまま、力が抜けてソファーに沈み込んだ。
「嘘……そんな……私の美顔器……」
「いやー、危なかった。最後の手が震えたわ」
僕は満面の笑みで彼女の方を向いた。その目は、勝利の喜びだけでなく、別の期待にギラギラと輝いている。
「で? 約束は約束だよな、美咲ちゃん?」
美咲は顔を真っ赤にしてクッションを抱きしめた。負けず嫌いの彼女にとって、敗北の悔しさと、これから待っている羞恥プレイの恥ずかしさが同時に押し寄せてくる。
「……うう」
「あれ? 聞こえないなあ」
「わかったわよ! 着ればいいんでしょ、着れば!」
美咲は勢いよく立ち上がると、寝室へと向かった。
ドアの前で一度振り返り、勝ち誇っている彼氏を睨みつける。
「……絶対、笑ったら承知しないからね」
バタン、とドアが閉まる。
数分後、そのドアが再び開くとき、彼女の顔がレースの時以上に熱くなっていることを、僕はまだ知らない。