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本当に味方でなければ敵なの? 沸点の低い世界が広がっていく

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高級老舗料亭が長年、常連だけにひっそり出していた裏メニュー。タレントさんが大口を開けてぱくり。そして「うめええええ!」。旅番組などで食レポで見掛けるこの流れ、筆者はとても苦手です。引っ掛かるのはタレントさんの「うめええええ!」です。とびきりのおいしさを伝えるため、本当は礼儀正しく「美味しい」と言うべきところだけど、あまりのおいしさに思わず、演技を忘れて素で叫んでしまった、という演出なのでしょうか。一種の破調だと思うのですが、すぐに味覚センサーの針が最上級に振り切れる、という軽さがどうも好きになれません。「それだけうまいんだ」と反論されそうですが、毎度毎度の流れではかえって、あざとさが鼻についてしまいます。

「自分ものさし」が優先されちゃいすぎてません?

考えてみれば食レポだけではないのかもしれません。ちょっとした演奏やワザの披露にでもスタンディングオベーション。企業や学校、官公庁でミスがあれば即座に「潰せ!」と燃え上がり、自分たちに賛同しない人たちは悪だと決め付けて攻撃したり、すぐに感情の針がMAXに振り切れる現象があちこちで起きている気がします。

「感情の針がMAXになりやすい」≓「興奮しやすい」≓「沸点が低い」ともいえます。論理的思考というよりも、自分の気持ちや感覚が最優先され、いわば「自分ものさし」で周囲の事象や距離感を測ろうとする傾向なのでしょう。基準が自分主体なので、自分が知らない美味しいモノに出会えば「すべてが最上級」そして「うめぇえええ!」という反応するということなのかなと。

また同時に、自分と同調しないものは異物であり、「なぜ同調しない人達がいるのか。その人達はどんな考えがあるのか」と思いをめぐらす「他人ものさしではどうかな?」といった思考は弱く、異物であれば排除する、言い換えれば「味方でなければ敵!」のモデルが横行しやすい素地があるような気がします。

簡単に他人に「バカ」なんて言うのはよくないと思うよ

「バカ」や「アホ」あるいは「殺す」「死ね」などあえて強い感情的な言葉を使って、敵とみなした相手を貶め、ヒステリックに自己主張を展開して、いかに「自分が正しいか」だけを訴える。相手方の弁明や釈明には耳を貸さず、仮に聞くにしても、少しでも自分が理解できない言葉や単語が出てくると、そこで思考が止まってしまい、「言いくるめようとしている!」と俄然ムキになって攻撃を仕掛けてくる。ちょっと、怖いなと、思います。

 

たとえば、安保法案の国会審議の時、話題になったSEALDsの奥田愛基さんにも少しその傾向があるのかなと感じます。産経新聞によれば、奥田さんは「首相はバカなんじゃないか」「病院いったほうがいい」と述べたとされます。冒頭の食レポと同じく「それくらい切羽詰まって俺たちは怒ってるんだぜ。怒りの針はMAXだ!」ということの裏返しかもしれませんが、「バカ」というのは人格攻撃です。安倍首相がバカかどうかはおいといて、まず他人を「バカ」呼ばわりする行為自体がとても見るにたえません

 

安保法案は日本の安保政策上とても重要な転換点で、もう成立はしちゃいましたが、若い人たちが真剣に将来を見据えて法案のことを語り、あるいは賛成だ、あるいは反対だと議論していくのはとてもすばらしいことだと思いました。ですが、こうした議論をすることをすっ飛ばして、「自分ものさし」だけで法案賛成派を潰していこうとする動きはいただけません。「バカ」や「病院行け」といった感情的な言葉で同調者たちを煽り立てるような戦術では、じっくりと仲間の輪が広がっていくのは難しいのではないかなと。

 

 

怒りをぶつけ合う世の中ってちょっと嫌だな

こうした沸点の低さが加速していく背景にはもちろんネット(というかスマホ)による社会変化もあるのでしょうけど、それを拒むこともできないので、現状を適切に認識しながらもぞもぞ進むしかないと思います。社会変化を紐解いていけば、たぶん、社会学者風に言えば「絶対的な価値観(神様とか、国家とか、会社とか、家族とか)が旧ソ連崩壊辺りから壊死していって、いまや相対的な価値観が当たり前といった風潮が強まってきた」という分析になるでしょう。さらに「みんな違ってみんないい」「ナンバーワンよりオンリーワン」といったフレーズに象徴されるように、多様化、個別化が進んでしまった一方で、寄る辺を失ってしまったこと、一個一個の存在がばらけてしまったことで「マス(大衆)」の枠組みが希薄になって、人それぞれが持つ「自分ものさし」で世の中を測らざるをえないことにも繋がってしまったのでしょうね。もちろん、その「自分ものさし」も感情的な揺らぎに基づくので、同調化、均質化もあっというまに似たもの同士で同調、拡散してしまうのですが…。

確かに「みんな違ってみんないい」「ナンバーワンよりオンリーワン」で構わないと筆者も思っていますけれど、他者との共存という視点を欠いて「自分が心地よいかが大事主義」がまかり通ってしまうと、結局、排他的になって、自分正義という価値観には怖さを覚えます。高齢者や身障者の方を邪魔だと排除したり…「キモい」といって知人を仲間はずれにしたり…子どもの声がうるさいと怒鳴り付けたり…。味方じゃなければ敵だ!のモデルは、自分の狭い了見を他人にごり押ししていくモデルでもあります。みんなが寛容さを失って、ごり押しし合えば世の中はどうなってしまうでしょうか? 自分の気にくわないことがあれば即怒って自分の考えを押し通そうとする、沸点の低い世界が広がっていくのはとてもつらいです。

 

 

 

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